HOME > 院長紹介

院長紹介

保土ヶ谷の人たちの

経歴

平成12年 埼玉医科大学産婦人科学教室に入局。
大学病院や同大学総合医療センターでの勤務。
平成17年 医学博士取得。
母体-胎児間の免疫寛容(母体と胎盤が接している箇所の免疫メカニズム)についての研究を行った。
平成20年 主に生殖医療に従事。
不妊に悩む女性に寄り添う治療を行ってきた。
平成21年 大学病院の医局長就任。
平成24年 講師および病棟医長に就任。
大学病院時代は、産科・婦人科疾患だけでなく、多くの産科救急疾患を経験し母体・新生児の救命に努めてきた。

法人理事長であり前院長でもある父が、当院と介護老人保健施設を開設。
次第に高齢者医療に興味を持つようになり、母校の産婦人科教室が得意としていた排尿障害や骨盤臓器脱についても勉強を始め、高齢女性のQOL向上にも尽力してきた。
平成28年4月 高齢者医療と介護に身を投じるべく、当院副院長に就任。
平成29年11月 当院院長就任。

ごあいさつ

父がこの診療所を立てようと、小高い丘の上のこの土地を見た時、「空がぽっかり開けて、なんて心地よいのだろう」と思ったそうです。
患者さんの話をゆっくり聴く治療がしたいという想いを持った父は、自分の理念を貫こうと、「診療所スカイ」を開設しました。
また、私の母方の祖父も町の開業医でした。

石川県の港町・輪島で、昔ながらの木造家屋の診療所を立て、町の人たちと心触れあいながら一生を送りました。
高度成長期には、子どもも多かったようですが、ひなびた港町にはお年寄りも多く、いつもお年寄りが待合室に集まり、何気ない話をして和やかな雰囲気でした。
子どもの頃、年に2回、祖父の家に泊まっていた私は、そうした祖父の診療の姿を見ながら過ごしました。
そして祖父は、子どもの私を邪険にすることなく、医師としての姿をそのまま見せてくれました。

私の医師人生において、この祖父と父の"医師としての姿"が、大きく影響しています。
そして、人として、生き方として、祖父の一生に敬愛の念を抱き、「志を受け継ぎたい」という、消えることのない暖かな灯が心に宿りました。

診療所に来られる方々は、体やこれからの人生に何かしら不安や悩みを抱えています。
ただ病状をお聴きするだけでは、抱えている不安は小さくなりませんし、治療に対する前向きな気持ちも湧き上がらないかもしれません。
治療は、患者さんの気持ちや意志がとても大切であり、医師との二人三脚で治療を進めることがさらに大事になります。

「患者さんの心の不安を共に分かち合うこと」 「現状を的確に診断し、分かりやすく病状と治療方法をお伝えすること」 「どの選択肢がその方にとって最善かを、ご本人やご家族に選択してもらうこと」 その道のりがあってこそ、患者さんの目線に立った治療ができる、と私は考えています。

医師の提供する治療は、ご来院くださるお一人おひとりの日々の生活が、健やかで幸せな時間となるために存在します。
だからこそ、医師は、東洋医学・西洋医学を問わず必要な医学を常に学び、複数の治療方法を提供できるように努力する必要もあります。

この地域にお住いの方々にとって、心の拠り所となり、何かあったら相談してもらえる、心と体を癒す場所・拠点となるように、「診療所スカイ」を育てていきたいと思っております。


このページのトップへ